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ごーるでんヽ(⌒〇⌒)ノつーリング2

三井三池と志免の炭鉱跡を見た後は 懐かしの筑豊線の駅を回ってみる事にしましたヽ(⌒〇⌒)ノ
学生時代 スポーク動輪蒸機の桃源郷であった筑豊本線!ヽ(⌒〇⌒)ノおいらの頭のなかでは25年以上前の状態で時間が止まってます(^^;)現在は電化されてJR九州の新型電車が走ってると伝え聞く筑豊線を この目で確かめて来ました!ヽ(⌒〇⌒)ノ
・・・ということで 最初は鹿児島本線とのジャンクション 原田駅ヽ(⌒〇⌒)ノ
原田-1
学生時代は原田駅では乗り換えだけで改札を出なかったため 以前の駅舎がどんなだったかは知らないのですが かなりモダンな建物になってます(^^;)さすがJR九州。
原田-2
しかし 中を覗くと筑豊線のホームと屋根は昔のままですヽ(⌒〇⌒)ノ早速 入場券を買って中に入ってみました!!
原田-3 原田-5
おおー\(●o○;)ノこの木製の屋根!カーブしたホーム ほとんど蒸機時代のままじゃないっすか!!ヽ(⌒〇⌒)ノなつかし!!この右側の番線に蒸機列車が到着して すぐにその反対側に準備してた別の蒸機が連結され 折り返し列車となったのだヽ(⌒〇⌒)ノ
原田-4 原田-7 原田-6
このホームの先も当時のままですヽ(⌒〇⌒)ノ機関車の点検用?に一段低くなってます!左の空き地がターンテーブルと給水タンクがあった場所です。今も空き地となって残ってます(^^;)写真を見合わせると 鹿児島本線の架線柱やビームも当時のままのようですねヽ(⌒〇⌒)ノ
原田-8 原田-9 
ホーム屋根や跨線橋も昔のままですヽ(⌒〇⌒)ノ
原田-10
ただしホームは鹿児島本線の電車が停まる部分のみかさ上げされてます(^^;)
筑豊線の原田ー桂川間は非電化、ステップ付きDCなので 筑豊線のホームはそのままなんですね(^^;)
原田-11
筑豊線ホームで思い出に浸ってると 目の前を超近代的なJR九州のトップランナーのソニックが駆け抜けて行きました\(●o○;)ノうーん 突然現実に引き戻された感じー・・・・
原田-12
意外と思ったより昔のままで 感動したのだ!ヽ(⌒〇⌒)ノさて 次は飯塚を目指すのだ!!

三井三池ヽ(⌒〇⌒)ノ追記

大牟田出身のFさんから またまた写真をいただきましたので
ご紹介しますーーーヽ(⌒〇⌒)ノ
みつい-1
大平駅を発車して平井へ向かう通勤列車ヽ(⌒〇⌒)ノ
みつい-2 みつい-3
これは 7月9日のブロクで紹介した 放置客車の室内だそうですヽ(⌒〇⌒)ノ
何かの倉庫か作業室として使われてたみたいですね(^^;)乗車心得は当時のまま残されてたそうです!。
ただし この放置客車は今年の正月に撮影したものですが 先日Fさんがもう一度確認に行ったところ 跡形もなくなっていたそうですヽ(´o`;)ノざんねーん!!
みつい-4 みつい-5 みつい-6
在りし日の三池港の車庫付近とホッパーヽ(⌒〇⌒)ノ・・・・今は跡形も無く広大な更地となっています(^^;)
みつい-7 みつい-8 みつい-9
これも 6月19日のブログで紹介した南新開竪坑のナローですヽ(⌒〇⌒)ノ廃坑となってまもなくものもだそうです。ゴロゴロと音をたてて走った11号機もすでに廃車体になっていましたヽ(´o`;)ノ
Fさん 写真ありがとうございましたヽ(⌒〇⌒)ノ

C55(^^;)進行状況

またまた 超久々 C55の近況です(^^;)本来ブログの題名はこっちが本命なんですが・・・手が遅いもので 実物レポートがメインになっちゃってますー。ヽ(´o`;)ノ
キャブは一応バックプレート関連が完成しましたヽ(⌒〇⌒)ノ
C55-7-1 C55-7-2
圧力計、蒸気分配弁、時刻表差し、汽笛引きテコ、灰箱開閉ハンドル等々 ボイラが細いのでテンコ盛り状態です(^^;)
C55-7-3
キャブ本体を被せるとこんな感じーー!ヽ(⌒〇⌒)ノなかなかいいかもー!!
C55-7-5 C55-7-4 C55-7-6
キャブの前扉は開いた状態にするため エッチングで浮き出た扉を切り抜き 扉の内張り板を取付けてありますヽ(⌒〇⌒)ノ塗装後 この内張り板に扉の外板(キャブの下に並べてあるやつ)を接着しますヽ(⌒〇⌒)ノ この開いた扉を通して中が丸見えになるので空気作用管の続きを設置しておきましたヽ(⌒〇⌒)ノ
C55-7-7 C55-7-8
キャブ本体の垂直水平を慎重に調整後 キャブをボイラに固定しましたヽ(⌒〇⌒)ノ屋根ひさし後部には天井の木目板を取付けてキャブの補強としてあります!
C55-7-9 C55-7-10
給水ポンプとエアコンプレッサーは珊瑚の別売のそれぞれのロストパーツを使用ヽ(⌒〇⌒)ノなかなかの立体感!
C57-7-11
ランボードも取付け準備を進行中ヽ(⌒〇⌒)ノまだ 置いてあるだけです。
C55やC57のボイラとランボードの間は下の動輪が覗けるくらいの隙間が開いてます。これをやらずにランボードをボイラに密着すると特に16番の場合ランボードが異常に広くなってしまいます(^^;)
また今回の珊瑚製C55のキットからランボードの編目板は目の細かいスケール編目を使用しており実に実感的ヽ(⌒〇⌒)ノ植え込んだボルトもクッキリ浮き出て効果抜群なのだ!
C55-7-12 C55-7-13
空気作用管もエコー製を使用ヽ(⌒〇⌒)ノΩ曲げのついた高級品なのだ!!キャブへの接続部は金岡工房のキャブユニオンを使用ヽ(⌒〇⌒)ノこれは なかなか便利なパーツで キャブ接続部の加工がラクチンになったのだ!
C55-7-14
難工事の作用管も取り付いたので このあとの配管作業が一気にすすみますヽ(⌒〇⌒)ノお楽しみにー!

ごーるでんヽ(⌒〇⌒)ノつーリング2

大牟田の炭鉱を後にして福岡県を北上、引き続き炭鉱繋がりで 福岡空港近くの志免炭鉱跡を目指しましたヽ(⌒〇⌒)ノ
志免-1 志免-2
みよ!この巨大な威容を(>0<)/すごいーー。昭和18年 旧海軍省が軍艦の燃料採掘のため建てた志免炭鉱の竪坑櫓ですヽ(⌒〇⌒)ノ
志免炭鉱は昭和38年にすでに採炭は終わっており 設備はそのまましばらく放置されていたようですが 敷地が整理された現在 この竪坑櫓を産業遺産として保存ヽ(⌒〇⌒)ノこちらの竪坑は470mもの地下へトロッコや坑員を上げ下げしていたそうです。
志免-3
写真は昭和49年当時の空中写真ヽ(⌒〇⌒)ノ矢印が竪坑櫓です。すでに周りの建物が整理され始めてますが まだボタ山や煙突、ホッパー等が残ってます。左下に志免駅が見えます。
志免-4
現在、周りは公園や公共施設で締められており 竪坑櫓のみ 街のランドマークとして存在を誇示しています(^^;)
志免-5
竪坑から100mほど近くに斜坑口が残っていましたヽ(⌒〇⌒)ノ左後方のこんもりした小山はボタ山と思われます。
近くの旧勝田線の志免駅跡へ行って見ました。
志免-6 志免-7
志免駅跡は鉄道公園として整備されていますが ホームを道路が貫いてます(^^;)ここの真新しい民家の間から見える竪坑櫓は一層怪しげに見えますなー。
いやーーヽ(⌒〇⌒)ノこれまた いいものを見せてもらいました!!
志免-8

ごーるでんヽ(⌒〇⌒)ノつーリング2

引き続き万田坑です(^^;)
今度は向こう側から万田坑を覗いてみようと グルリと回り込んでみましたヽ(⌒〇⌒)ノ
万田-12
万田坑の裏側は原万田駅から別れて宮浦坑方面へ向かう三井三池鉄道が走っていました。当然 万田坑が採炭していたころは ここからも石炭を積み出して三池港へ運んでいたようです。
万田-13
反対側の宮浦坑方面です。この先に万田駅があったそうな。なぜか線路が一部だけ残ってます。ユンボが整地していましたので この線路跡も無くなるか道路になっちゃうのでしょうね(^^;)
万田-14 万田-15
この線路跡際にはトロッコや枕木が転がっていて なかなか見せてくれますヽ(⌒〇⌒)ノ
早速 柵越しに万田坑の中を覗いてみると・・・・おおー\(●o○;)ノこれまたトワイライトおーー!!
万田-16 万田-17
積み降ろし用のホーム?と草むらの中に縦横無尽に伸びるナローゲージ!クレーンを設置した建物の屋根は朽ちてしまってます(>0<)/
万田-18 万田-19 
この荒涼とした眺めはなんとも言えない廃炭鉱独特の雰囲気ですなーヽ(⌒〇⌒)ノ廃虚マニア大喜びなのだ!
万田-20こちら側から見る竪坑の櫓も実に堂々として見応えがありますヽ(⌒〇⌒)ノこれも明治の建築だそうです!!
ちなみに 再びFさんから 閉坑する前の万田坑の構内の写真をいただきましたヽ(⌒〇⌒)ノ
万田-21 万田-22 万田-24 万田-23
うーーん(^^;)いい感じに線路が伸びてますなあー!
いやーー良いもの見せてもらいました。ヽ(⌒〇⌒)ノここは来た甲斐がありました。今度は是非公開日に来て中を散策してみたいですー!!(>0<)/

ごーるでんヽ(⌒〇⌒)ノつーりんぐ2

三井三池鉄道関連を一通り見た後は やはり三井三池炭鉱の坑口の一つ 万田坑を見に行きましたヽ(⌒〇⌒)ノ
荒尾の町並みの細い路地を抜けて行くと こつ然と現れました\(●o○;)ノトワイライトな聖域が!!
万田-2 万田-1
手前の門には鎖が掛かっていましたが 中の広場でおじさま達がゲートボールをやっていたので 中の扉の格子扉の所まで行ってみましたヽ(⌒〇⌒)ノ
万田-3 万田-4
おお!\(●o○;)ノトワイライトオ!!大きな鉄の櫓にレンガ建ての巻上げ室、小さな社の手前にはトロッコ用の線路までありますヽ(⌒〇⌒)ノ昔みた炭鉱の写真 そのままじゃないっすか!!
外壁沿いに回ってさらに中を覗いてみましたヽ(⌒〇⌒)ノ
万田-6 万田-7
一番左側には変電所があり 右手前にはトロッコを引っ張る巻上機が見えます。炭車のトロッコも二両残ってますヽ(⌒〇⌒)ノ
鉄の櫓はこのトロッコや人を地下数百メートルに広がる坑道へ降ろすためのエレベータのためのものだそうです。
万田-8
これが 石炭資料館にあった竪坑の模型ヽ(⌒〇⌒)ノ実際は この深さは270m近くあったそうです。右側に大きな風車が仕込まれた建物がありますが これは坑道の汚れた空気を吸い出す空気ポンプ。風量を確保したいけど木製のため回転を上げられないためこんなに巨大なものになったそうな(^^;)
万田-9
これが巨大ポンプがあった建物。後年ポンプは取り外され事務所になったそうです。
万田-10 万田5
外壁もレンガ作りの重厚なものですヽ(⌒〇⌒)ノ
万田-11
この丸い土台は5本あった巨大煙突の基礎部分で二本分だけ残っていました。創建当時は櫓の動力は蒸気機関で その蒸気を作る汽缶場がここいら辺にあったそうですヽ(⌒〇⌒)ノ 

ごーるでんヽ(⌒〇⌒)ノツーリング2

平井駅の続きです(^^;)
平井-7
当時の空中写真を見ると 駅の周りは社宅らしき家が一杯ならんでます。たぶん三井三池の社宅で ここから三池港近辺の坑口や職場へ列車で通勤してたんでしょうねヽ(⌒〇⌒)ノ
平井-8 平井-9
左は当時 大牟田近辺を案内してくれたFさん! この道路は現在 右の写真のような感じでレジャー関連の施設が立ち並んでします(^^;)
平井-10 平井-11



平井から再び列車に乗り込んで三池港へ戻りましたヽ(⌒〇⌒)ノ現在の三池ランドの駐車場の中を走り道路脇に出てしばらく平行に進みます。
平井-12
列車から振り返ると 三井ランドの小さな観覧車が見えました。



しばらく行くと 列車は道路から離れ ちょっとした丘の切り通しに分け入りカーブを曲がりきると 大平駅ヽ(⌒〇⌒)ノ
若いお母さんと子供が列車を待っていました。
大平-1 大平-2
現在は脇の道路が舗装拡張され 周りがうっそうとした木々となり雰囲気は変わりましたが 右側に線路跡と判るスペースが残っています。ヽ(⌒〇⌒)ノ
大平-3 大平-4 
大平駅も地元の農家の物置となって残っていましたヽ(⌒〇⌒)ノ線路はありませんがホームやバラストが当時を偲ばせます!向こうの茂みを抜けると高い築堤となり荒尾市内を見渡すことが出来ます。
大平-5 大平-6
道路からホームに上がる階段はそのまま残っていましたヽ(⌒〇⌒)ノ
大平-7 大平-8
築堤も残っており 線路跡をくぐる陸橋もそのままですヽ(⌒〇⌒)ノ
大平-9
青矢印が大平駅で赤矢印が原万田駅です。
列車はやがて万田方面からの路線と合流して原万田駅に到着します。



ごーるでんヽ(⌒〇⌒)ノツーリング2

三池港を発車した列車はしばらく構内の築堤上を走り やがて鹿児島本線をオーバークロスします。



三池-74 三井-75 
築堤からの車窓に見える構内の建築物も全てありませんでしたが この築堤のみ残っていましたヽ(⌒〇⌒)ノ
三井-76
線路は全て剥がされていますが この線路跡はずーーっと残っており辿る事ができます!
当時 この路線の終点 平井駅まで行ってみる事にしましたヽ(⌒〇⌒)ノ
三井-78
やがて列車は鹿児島本線をオーバークロス。向こう側は荒尾駅です。ヽ(⌒〇⌒)ノ
荒尾-1 荒尾-2
荒尾駅も寄って見ましたヽ(⌒〇⌒)ノ本線の駅ながら なかなか味わいがあるですー。
やがて終点の平井駅ヽ(⌒〇⌒)ノ



平井-1 平井-2 平井-3 平井-4
当時はここいら辺に三池社員の住宅が沢山建っていたようです(^^;)
平井-6 平井-5
何も無くなった三川坑付近とは逆に ここは何も無かった薮原にいろいろなものが出来てます。駅跡はスーパー?の駐車場となっており 路を挟んで巨大な三井ランドの敷地が迫っています。当時から三井ランドはあったようですが それがここまで拡大されたみたいですね(^^;)
実は学生時代 この三井三池を案内してくれたFさんから このブログを見た!というメールをいただきましたヽ(⌒〇⌒)ノいやーさすがインターネット!!
で 驚いた事に このページにも出てくる客車がまだ 敷地に放置されているとの知らせをいただきました!!\(●o○;)ノ驚き!!
コハ-2 コハ-1
許可をいただき写真を掲載させていただきましたヽ(⌒〇⌒)ノ中の座席も乗車心得も当時のままだったそうです!! うわーん(>0<)/見たかったなあー!!

ごーるでんヽ(⌒〇⌒)ノツーリング2

次に向かったのは 三池港駅ヽ(⌒〇⌒)ノ
貯炭桟橋が居並ぶ一角に小さな職員用の駅がありましたヽ(⌒〇⌒)ノ
三井-63 三井-64
三井三池鉄道では63型電車風の客車を使っての通勤列車があり料金はタダ!!ヽ(⌒〇⌒)ノ
三池-65 三池-66
機関車も客車も良く整備されていてピカピカです!!ヽ(⌒〇⌒)ノ
以前このブログで紹介しました現役当時のビデオをもう一度ごらんください!






空中写真を見ても 三川坑一帯の隆盛が見て取れますヽ(⌒〇⌒)ノ
三井-67
他の場所の現状を見て来たので たぶんここも何も無いだろうなー(^^;)と思いながらも確かめに行くと・・・
三井-68 三井-69
やはりなにもありませんでした(^^;)
三井-72 三井-73
ここのすぐ横には三川坑の正門(写真左)があり 近くにも三井三池の豪華な三池港倶楽部(写真右)や食堂、酒屋等がひしめき合い賑わっていたそうですヽ(⌒〇⌒)ノ
三井-71 三井-70
正門と三池倶楽部以外は 今ではご覧の通りレンガ塀や瓦礫のみ残っているだけでしたヽ(´o`;)ノ

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