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四国ツーリングヽ(⌒〇⌒)ノ四日目その2


土佐くろしお鉄道を見学して「道の駅夜須」からやってきたのは ここヽ(⌒〇⌒)ノ南国市のスポーツセンター!!ここで 車の運転ばかりしてなまった足をテニスでもして一汗流して鍛え直す!ヽ(`⌒´メ)ノ・・・・・という訳ではありません(^^;) またまたここにプリちゃんを置いて近くのあるものを見学に来ましたヽ(⌒〇⌒)ノあるものとは・・・・

田んぼの中に遺跡の様にこつ然と残る旧帝国海軍航空基地跡に残る掩体壕です!!ヽ(⌒〇⌒)ノ敵機の爆撃から戦闘機を守るために作られたコンクリート製の防空壕なのだ!!
コンクリ製の丈夫な建造物のため掩体壕は全国に何カ所か残っていますが ここ高知南国市には7基もの掩体壕が見やすい形で密集して残存しており 貴重な存在なのだ!ヽ(⌒〇⌒)ノ

7基あるうちの5号掩体です。飛行機の形に口を開けた 独特の造形美なのだヽ(⌒〇⌒)ノ

中に入って天井を見ると 板やセメント袋を並べてセメントを流した後がクッキリ残ってますヽ(⌒〇⌒)ノ学校の生徒や農民を総動員して急いで作った当時の作業が偲ばれます(^^;)

掩体壕の裏側はこんな感じ〜〜ヽ(⌒〇⌒)ノ本来ならこの上に土盛りして 小山に見えるようにカモフラ〜ジュしていたそうです。手前は1号掩体 向こうに2号掩体が見えます〜ヽ(⌒〇⌒)ノ

中には道路が貫通している掩体もあります(^^;)7号掩体

ここからは高知空港の旅客機が離着陸するのがよく見えます(^^;)滑走路は当時の航空基地のものと位置は変わらず利用されているそうですヽ(⌒〇⌒)ノ

歩いて見学していると2号掩体の前に車を駐車できる説明板があったので ぷりちゃんを持って来て記念撮影ヽ(⌒〇⌒)ノ判っていれば最初からここに置いて見に行ったのに・・・情報がありませんでしたからね(^^;)


説明に1号掩体の前面には グラマンの機銃掃射による穴が60個ほどあいているとありましたので もう一度行ってみてみました(^^;)写真だと良く判りませんが 当時ここでそんな空襲があったなんて信じられません(>0<)/


双発機も入る大型の掩体壕もあります。田んぼの中に浮かぶ巨大な威容はなかなかの存在感なのだ!ヽ(⌒〇⌒)ノ4号掩体

ここにも ぷりちゃんを農道に持って来て記念写真ヽ(⌒〇⌒)ノさすがに農道は狭いので 車で見て回るのは難しいです(^^;)

これで 高知での見学は全て終了ヽ(⌒〇⌒)ノお昼過ぎに高知を後にしました!。

土曜ヽ(⌒〇⌒)ノドライブ

今日はオニギリ号で 293号、461号を通って大田原~黒羽~大子~日立と回って来ましたヽ(⌒〇⌒)ノ今回は非鉄ネタなのだ。
08-4-5-1
途中で 木造二階建ての小学校発見!!ヽ(`⌒´メ)ノ
もう絶滅したかと思ってたのだ(^^;)なつかし~なあ~~。
校庭から写真撮りたかったんですが まだ 現役の小学校だったので 今のご時世 通報されでもしたら大変なので 入口からのみの撮影(^^;)
窓もサッシじゃなく木枠のままってのも凄いヽ(⌒〇⌒)ノストーブの煙突もあるから 暖房はコークスストーブに違いないのだ!!ヽ(⌒〇⌒)ノ入ってみたい~~!!
08-4-5-2
日立近くで 異様な建築物 発見!!ヽ(`⌒´メ)ノ
巨大な煙突のような円筒と山肌を縫うように這うコンクリートドーム!!(>0<)/あやしい~~~~!!
帰ってから調べると ここは元 日立鉱山の精錬所だったのだヽ(⌒〇⌒)ノ中腹に見える 太いの筒は 大正2年に硫酸ガス排出による煙害の対策で立てた送風機付きのダルマ煙突ヽ(⌒〇⌒)ノでも ぜ~~んぜん 期待した効果はなく 使い物にならないので即刻使用停止(^^;)通称アホ煙突っていうそうな。
翌年に作ったのが 山の上に立つ大煙突で 建築当初は世界一の155mもあったらしいんだけど 平成5年に大崩落して 現在の1/3の高さになったそうな(^^;)
山肌を這うコンクリートドームは 下の精錬所の排気を山上の大煙突に送るための煙道だそうですヽ(⌒〇⌒)ノ
精錬所は 日鉱金属の精錬所としてつづいており 煙道と大煙突は現役の模様ヽ(⌒〇⌒)ノそういえば煙り出してる!
いやあ~~ こんなトワイライトなものが見れるとは思ってませんでしたヽ(⌒〇⌒)ノ
08-4-5-3
さらに 車を進めると 鉱山の竪坑櫓を発見!!ヽ(`⌒´メ)ノ
先ほどの日立鉱山の鉱口があったところで 今は記念館となってるらしいヽ(⌒〇⌒)ノ 鉄道のものと思われるガーターも見えますヽ(⌒〇⌒)ノ
これまたネット調べると ホッパーや構内トロッコの鉱車、機関車等も保存されてるらしい(^^;)なあ~~~んだ 寄って見ればよかったヽ(´o`;)ノ
また 時期をずらして見学に来るのだ!!ヽ(⌒〇⌒)ノ
08-4-5-4
帰りは293号、123号を通って 茂木経由で帰って来ましたヽ(⌒〇⌒)ノ写真は途中の「道の駅かつら」で のんびりするR1のオニギリ号

大空襲の証ヽ(`⌒´メ)ノ

本日は東京大空襲の特集番組を見た(>0<)/
人情の街 東京下町の一帯で あんな惨事があったんだなあと あらためてため息が出ましたヽ(´o`;)ノ
昨年の夏 立川に残る 蜂の巣状態に被弾した建物を見に行きました。
立川1 立川2
航空機のエンジン工場にあった発電所の建物で なんと平成5年までこの状態のまま現役だったそうです(^^;)無数に残る穴は三度に渡る爆撃による機銃掃射と爆弾の破片によるもの\(●o○;)ノ
立川3
コンクリートにこんな穴を開ける弾が当たったら 人間なんかひとたまりもありません(>0<)/ひ。
あと 東京大空襲とは直接は関係ありませんが 府中に残る掩体壕(えんたいごう)も見に行きましたヽ(⌒〇⌒)ノ
三鷹1 三鷹2
掩体壕とは飛行機用の防空壕のことだそうです。調布飛行場の北側に今も二つ残っており 保存されてましたヽ(⌒〇⌒)ノ
三鷹3
このように ここでは飛燕型の飛行機が格納されてたそうですヽ(⌒〇⌒)ノ
実は国道20号線の横にも この掩体壕が残ってると聞いて見に行きました(^^;)
三鷹4
住宅街の中に まるでガメラの甲羅のように不気味に現れた掩体壕です(^^;)
(^^;)
三鷹5
こんなものが東京の町中にコツ然と残ってるなんて なんてトワイライトなんだ\(●o○;)ノ
三鷹6
半分土に埋まってますが 実際はこんな感じだったと思われます(^^;)
あとで調べてみると このコンクリートで作られた有蓋式の掩体壕は全国に残っているそうな(^^;)
掩体壕探索はその後 エスカレートして 千葉の印西市に残る無蓋式の掩体壕も見に行きましたヽ(⌒〇⌒)ノ
印西1
ここ印西市には陸軍の飛行場があったそうです。ヽ(⌒〇⌒)ノコンクリートで覆われた有蓋式に対して無蓋式掩体壕は馬蹄形またはV字型に土盛りしただけのもの(^^;)近くに爆弾が落ちても直接飛行機に爆風等の被害が及ばないようにしたものだそうですヽ(⌒〇⌒)ノ
印西2
航空写真で見ると この回りにもいくつか掩体壕が残ってたみたいですが おいらが見に行った時は凄い雑草で 草刈りされていた写真のもの以外は判別不能でした(^^;)
この無蓋掩体壕も全国に多く作られましたが コンクリート製の有蓋式とは違い ただの土盛りのため簡単に崩せるので 現在はほとんど残ってないそうです。ここは未開発の県の管理地だったため 偶然残っていたものと思われますヽ(⌒〇⌒)ノしかし この近辺も大型量販店が多く進出して来て この掩体壕も長いことはないのでは?ヽ(´o`;)ノと思われます。

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